父子が行き逢った壊れぬ土橋
どんな伝承か
昔、坂上刈田麻呂が東夷征討のためこの地に来たとき、金屋の平館の普門翁の娘、阿口陀媛を愛して側女とした。やがて媛は男の子を産み、それが田村麻呂であるという。時が過ぎ、刈田麻呂が再びこの地を訪れたとき、偶然にも橋の上で田村麻呂と行き逢ったと伝えられる。橋は土橋であったが、どういうわけか壊れたことがなく、架け替えられたこともなかったという。人々は、その橋から下をのぞくと盲目になるとも伝えた。今はその橋もなく、小さな流れがあるのみである。
原典より
昔、坂上刈田麻呂が東夷征討のとき、金屋の平館普門翁の娘の阿口陀媛を愛し、側女とした。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。