鬼と呼ばれた滝根丸の生地
どんな伝承か
桓武天皇の時代、郡山市西田町鬼生田の地獄田という田で一人の男の子が生まれた。その子は死人が出ると這ってでも見に行き、七歳ごろには五尺もの体になって、墓をあばいて死人を食べたり暴力をふるったりするので、親までが恐れて殺そうと考えたという。気づいて家を出た子は大滝根に住んで滝根丸と名乗り、手下を率いて旅人や土地の者を襲った。鬼が生まれた田ということから鬼生田の名が起こったと伝わる。滝根丸は坂上田村麻呂に滅ぼされたとも、追われて熊野へ逃げたともいい、今も鬼生田の人は熊野権現に参拝しないという。
原典より
桓武天皇の時代、地獄田という田で、ひとりの男の子が生まれた。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。