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土塁の残る手代木城と舛内寺

所在地福島県郡山市田村町手代木(手代木城)
年代建久三年(一一九三)
登場坂上田村麻呂、浜津成治、伝承提供者
出典郡山の伝説

どんな伝承か

郡山市田村町手代木にある手代木城は、建久三年に築かれたと伝えられる。部落の南西の小高い丘にあり、今は宅地と畑になっているが、住宅の裏手には二メートルほどの土塁が残り、畑地からは鳥居の柱の一部や笠石が出土したという。石鏃や土器片も出ているので、縄文時代から人が住んでいたのであろうという。北方の舛内という地名は、城主が家来の武士に舛形に土地を区画して住まわせた名残といい、舛内寺という天台宗の寺があって城と密接な関係にあったが、いつのころか廃寺となったと伝わる。手代木の名は、田村麻呂がこの地で大手を広げ賊軍を追い払ったので手広げの里となり、それが訛ったものだという。

原典より

田村町手代木にある手代木城は、建久三年(一一九三)に築城されたと伝えられている。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))

『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。

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