御代田氏が守った星ヶ城
どんな伝承か
郡山市田村町御代田の星ヶ城は、昔、田村麻呂が東夷追討のときに築いた城といわれ、のちに田村氏の一族御代田氏の居城となった。御代田氏は田村麻呂の産母阿口陀媛の子孫で、代々田村氏に仕えた西の重鎮であったという。天正年間、二階堂盛義の子芦名盛隆と、二階堂に参集した佐竹・岩城・石川諸氏の大軍に襲われたが、御代田氏は数日これを支えた。田村清顕は三春で軍議し、今泉城の返還に加えて御代田城や谷田川・栃本・糠塚など十三か所を譲る条件で和を講じ、籠城の男女を退去させた。二階堂氏は重臣須田備前守に城を任せたが、二階堂氏の没落とともに廃城になったと伝えられる。今は桑園で、東北の隅に稲荷社の小祠が一つ残るのみである。
原典より
昔、田村麻呂が東夷追討のとき、築いた城といわれている。—— 郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦)
福島県郡山市(旧安積郡・田村郡域、湖南・熱海・三穂田・逢瀬・西田・中田ほか各町)に伝わる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事の八部門に分類して集成する。坂上田村麻呂や阿古陀媛・采女伝説・萩姫、源義家ら前九年の役の人物伝承、淵や池の主・龍神・河童、弘法大師の清水、稲荷・観音・地蔵の霊験、長者伝説や埋蔵金、隠れキリシタンなど、郡山の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を伝承地つきで網羅する。