三筋の川の落ち合う熊野神社
どんな伝承か
数百年の昔、紀州熊野大権現から行部の一行が御神体を捧持して奥州路をめざした。熊野の分霊は三筋の川が合流する地点に祀らねばならないとされ、一行は上方から地方の川々を訪ね歩いたという。そしてついに中山の里で三筋の川の合流地点を見つけた。そこは熱海町中山の奥で、五百川、三河沢川、槍沢川が落ち合う場所であった。行部の一行はその地に熊野神社を祀ったと伝わる。この川の主流が熊野から数えて五百筋目にあたるので五百川と名づけられたともいう。川の数を記した帳を埋めたのが帳附神社で、五百川筋には帳附七社と熊野十二社があると伝えられている。
原典より
数百年の昔、紀州熊野大権より、行部の一行が、御神体を捧持し、奥州路をめざした。—— 郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦)
福島県郡山市(旧安積郡・田村郡域、湖南・熱海・三穂田・逢瀬・西田・中田ほか各町)に伝わる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事の八部門に分類して集成する。坂上田村麻呂や阿古陀媛・采女伝説・萩姫、源義家ら前九年の役の人物伝承、淵や池の主・龍神・河童、弘法大師の清水、稲荷・観音・地蔵の霊験、長者伝説や埋蔵金、隠れキリシタンなど、郡山の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を伝承地つきで網羅する。