越冬した軍団が伝えた菅笠
どんな伝承か
今から千数百年の昔、崇神天皇の代に朝廷は四道将軍を派遣して日本を統治した。奥州東山道へ派遣されたのが大比古命で、越後路から下った武渟川命と相津で父子の対面をしたと伝えられている。奥州路へは八溝を逆のぼり、軍団の一行が阿尺の国に着いたのは秋のころであったという。冬の会津嶺越えは困難であったため、軍団は舞木の地内の日だまりで越冬したと伝わる。大比古命は武運を祈願して五社権現、直昆の大神を祀ったという。また舞木や白岩の岩江地方に古くから伝わる特産の菅笠は、四道将軍派遣のとき、越冬する軍団の中に奈良の笠縫村から来た兵士がいて、その製作法を村人に伝えたものだといわれる。
原典より
今から千数百年の昔、崇神天皇の代に朝廷は、四道将軍を派遣されて、日本を統治した。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。