都へ帰された赤津の準胝観音
どんな伝承か
御前桜の伝説の後日譚である。御前桜の姫君は迎えの使者に守られて、無事に都へ帰ることができた。一条家では姫の帰宅を夢かとばかりに喜び、伝来の秘仏である準胝観音像をはるばる陸奥の赤津へ贈り、両家と姫の開運を祈願することにした。赤津の長者衣笠家は、先に病門の祈願として西久保山に幸神様を祀っていたので、今度は鬼門にあたる小枝町にお堂を建てて準胝観音を安置し、鎮護として尊んだ。観音は安積・会津の近郷近在から、遠く京、大阪までの信仰を集めた。明治のころ、京都の公家から僧形の使者が訪れ、醍醐寺へ戻すよう懇請したので、衣笠長者の系統も絶えていた修験世良田法印は断ることもできず、観音は京都へ帰されたという。
原典より
御前桜の伝説(前出48頁参照)の後日譚である。—— 郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦)
福島県郡山市(旧安積郡・田村郡域、湖南・熱海・三穂田・逢瀬・西田・中田ほか各町)に伝わる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事の八部門に分類して集成する。坂上田村麻呂や阿古陀媛・采女伝説・萩姫、源義家ら前九年の役の人物伝承、淵や池の主・龍神・河童、弘法大師の清水、稲荷・観音・地蔵の霊験、長者伝説や埋蔵金、隠れキリシタンなど、郡山の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を伝承地つきで網羅する。