病の夫婦の代を掻いた代掻き地蔵
どんな伝承か
昔、百姓の爺と婆が二人でその日その日を送っていた。ところが田植えどきに二人とも病に臥し、田へ行くことができなくなってしまった。婆は朝になるのを待って、病が早く治るようにと鎮守へ参ったが、途中の地蔵の前まで来ると歩けなくなり、そこで爺の病が治るようにと祈った。翌朝、近所の者が今日は田植えだと言いに来たので、爺がまだ代掻きができていないと答えると、村人は立派に代掻きができていると言う。不思議に思って田へ行くと確かに代ができており、泥のついた道筋をたどると、婆が拝んだ地蔵の前に至り、地蔵の体は泥で汚れていた。以来この地蔵を代掻き地蔵と呼び、のちに大きく造り直されて寺の境内に建てられたという。
原典より
昔、百姓の爺様と婆様の二人が、その日その日を送っていた。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。