田村麻呂の母を弔う室家山童生寺
どんな伝承か
田村町徳定にあった童生寺は、坂上田村麻呂の亡母、阿口陀媛の菩提を弔うために創立した寺であるという。阿口陀媛は悪夢御前といったともいい、一説には田村麻呂の側女で浄野の母であるともいう。福聚寺にある田村氏家譜によれば、田村麻呂の産母であるという。伝えによると、その地は阿口陀媛が居住した場所で、田村麻呂の生地であると伝えられる。寺は当時五十石の寄進田を持ち、壮厳な大寺であったが、田村氏の滅亡後は自ずから廃寺となり、今はわずかに応永元年の数文字を刻んだ古碑が一基あるのみである。
原典より
田村町徳定にあった童生寺は、坂上田村麻呂の亡母阿口陀媛の菩提を弔うために、創立した寺であるという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。