布目瓦が出る虎丸長者の屋敷跡
どんな伝承か
今から千二百年の昔、大同年間に虎丸長者という豪族が住んでいたというが、どういう人であったかは分からないという。鎌倉時代になると、田村郡都路村の秋元家から郡山の虎丸家に嫁が来たという家系図があるが、この虎丸家が虎丸長者の末裔かどうかは不明だという。長者屋敷跡は如宝寺の境内といわれるが、清水台だともいわれる。清水台には鐘堂という地名があり、長者屋敷の鐘撞堂があったともいう。そのあたりからは布目瓦が出ていて、散布の状況を見ると大きな屋敷があったことが分かる。今、商工会館のあるところは昔、皿沼という池で、長者が皿を洗った池だったと伝えられている。
原典より
昔、郡山の里に、虎丸長者と呼ばれる大金持ちが住んでいた。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。