名月の夜のひとすがいごめん
どんな伝承か
昔、母を早く亡くし、父に育てられている家族があった。八月十五日の名月の日に、父は月見に行くと言って家を出た。部落の人が後をつけて行くと、父は他人の畑へ入り、月を拝んでから畑の芋を掘りはじめた。それを見ていた部落の人は、欲でなく子どものための盗みであり、ひとすがい分のわずかな盗みであるからと、見のがしたという。それ以来、名月の晩は他人の畑からひとすがい分ほどなら盗んでもとがめられないといい、太田ではこれを「ひとすがいごめん」と呼んでいる。
原典より
昔、母を早く亡くして父に育てられていた家族があった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。