名月の稲田から飛び出す狐
どんな伝承か
石見国安濃郡刺鹿村の西川の関道は、昔から悪狐で名高い場所であった。ある青年の叔母にあたる若い婦人が、九月の明月の夜、一人で柳瀬浦から大田町へ帰る途中、この関道にさしかかると、左右は稲田で稲の葉の露が光り、月色は昼のごとくで、楽しい心地で歩いていた。ところが突然、髪の毛が一本立ちになるような不快を覚え、前後を見回したが何の異状もない。怪しみながら進むと、横の稲の中から大きな狐が一匹道路へ飛び出し、眼前を疾風のごとく横切って後方へ駆け逃げた。以来、髪の根が締まるような感じは消えた。婦人が提げていた空の重箱を、狐が食物と狙った折に妖気が衝いたのだろうという。
原典より
この女は の重箱を提げてゐたのを、最初狐は食物があるかとねらつた折りに、妖氣が女を衝いたのであらうが、重箱は空窟なるを知つてから断念して立去ったらしい。—— 動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1927年(昭和2年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1927年(昭和2年))
『動物界霊異誌』は、岡田建文(蒼溟)が昭和二年に著し、郷土研究社から出した動物怪異の記録集である。二十余年にわたって集めた体験や同志の報告から、動物にまつわる怪異の事例を選び、山陰地方を中心とする明治・大正の見聞と、近世の随筆に見える記事を収める。蝦蟇・猫・河童・狐・狸と貉・外道(人狐)・蛇などの動物ごとに、解説・事例・古人の記述の順に並べ、心霊の立場からの考察を加える。