信虎が治水に寄進した満福寺の亀石
どんな伝承か
穴山町久保の満福寺の後苑、桐の木川がぶつかる所に亀石がある。武田信玄の姉南松院が穴山梅雪の父信友に嫁いだ折、藤井平の水害を防ぐため父信虎に請うて満福寺に寄進したものという。縦八メートル、首一・九メートル、尾三メートルで、生きているような姿の天然の珍石である。信虎の治水事業の一つで、藤井平の水害を防ぐ堤に据えられた。以来この地を亀石と呼び、蛍合戦の名所となっている。亀石から取り入れた灌漑用水は亀石せんぎと呼ばれ、藤井平一帯を潤している。
原典より
満福寺の後苑桐の木川の衝当する処にある。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。