山犬を追い払った穂坂の山寺
どんな伝承か
小西行長の末裔という高木虎之助が諸国を巡り、信濃路から甲州身延山へ参詣する途中で道を誤り、茅ヶ岳の東麓で日が暮れた。遙か南西に灯火が見えたので辿り着くと小さな寺があり、五十ばかりの僧が一人いた。僧は「此処は穂坂の山寺であって村には一里程隔てた不便の場所だが」と言って宿を貸した。夜中、僧が虎之助を起こし、穂坂の人が埋葬を頼んで置いていった棺に山犬が群がって仏を食おうとしていると告げる。虎之助の指図で千香に火をつけて窓から投げると山犬は逃げ去り、僧は喜んで無事に埋めたという。今も茅ヶ岳南麓に寺窪と称する地名が残り、昔は東寺・西寺があったと伝える。
原典より
小西行長の末裔、高木虎之助が諸国巡行の際に、信濃路から甲州身延山に参詣の途次道を間違えて茅ヶ岳の東麓まで来たが日暮れて、路は全く不明であった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。