古狸の高僧が描いた常光寺の杉戸の松
どんな伝承か
鎌倉の建長寺には古狸がすみつき、代々の住職を食い殺しては住職になりすましていたという。この偽の高僧が末寺をめぐる途中で常光寺に来て長く逗留し、庭の老松を見て近いうちに枯れるから記念に描いてやろうと言い、杉戸四枚を用意させて人目を避けて描き上げた。数年後、松は本当に枯れた。夕食中の影が障子に怪しく映り、食べ方も乱れていたので寺の者に怪しまれていたが、やがて寺を発ち、台ヶ原の本陣で番犬にかまれて深手を負い、数日後に里垣村で正体を現したと伝わる。青木では食べこぼす人を「建長寺様の喰い方」とたしなめる言葉が残る。
原典より
昔鎌倉の建長寺の境内に、古狸が棲んでいた。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。