泥海を切り開いた松沢の岩切不動
どんな伝承か
岩切不動尊は、もと下伊佐沢の字松沢にあった。樹木が鬱蒼と茂って昼なお暗く、神秘的な場所だったという。古老の伝えでは、大昔、置賜地方は一帯が泥海で、それが次第に涸れて大塚・梨郷・伊佐沢の辺りに残った。今から千余年前、慈覚大師がこの地を巡錫して松沢山に登り、眼下百余町歩に広がる泥海を見て地勢と水害を熟慮し、「我は不動尊なり。汝らのためにこの泥海を除こうとするゆえ、ともによく努力せよ」と村人に告げて奮い立たせた。そして松沢から白洲口に至る数十町歩の泥海を、箕輪の岩山を切り開いて排いたという。のち大師は松沢山の不動沢に庵を結び、不動尊の像を安置し、龍雲寺を別当寺とした。
原典より
この岩切不動尊は、元下伊佐沢字松沢にありまして、樹木鬱蒼と茂って、昼なお暗い実に神秘的な感じがしました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。