夜叉御前が大蛇となった夜叉池
どんな伝承か
源義朝が美濃の青墓の娘延寿に産ませた娘は夜叉御前と名づけられたと『平治物語』に見える。平治の乱で源氏が滅んだのち、平家を恨んだ彼女は十四歳を一期として近くの杭瀬川に身を投げ、大蛇となって揖斐川の水源の池に入ったと伝えられ、以来この池を夜叉池と呼ぶようになったという(不破郡史)。か弱い女性が恐ろしい怨霊に化すという筋が、夜叉の名にふさわしいものとして記憶されたのだろうと本書は述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。