鳴り出す梵鐘と敵船の転覆
どんな伝承か
古老の口碑によると、およそ千百余年前、栗栖院の別当所で梵鐘を鋳造して供養が営まれた。当時は観音の御堂も鐘楼も別当所も荘厳を極め霊験が著しかったが、承平七年の戦乱で敵の良兼らに堂宇を焼かれ、梵鐘も奪われた。敵は飯沼の入江の鎌田谷津、いまの含満舞という所まで鐘を運び、小船に積んで漕ぎ出したところ、打ちもしないのに鐘が百雷のように鳴り響き、天地が震動した。敵は肝を冷やしてうろたえ、漕ぐほどに音はいよいよ激しくなり、ついに小船は転覆して鐘は敵もろとも水中に沈んだという。まことに観音の利生は畏るべきものだと語り伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。