亡霊が寄進した称名寺の梵鐘
どんな伝承か
称名寺という寺に、昔、幽霊が寄進したという梵鐘がある。今からおよそ二百八十年前、延宝・天和の頃、同地に高橋某という侍があった。隣村の佐倉村に情婦を囲って足しげく通い、家では事ごとに本妻に辛く当たった。しかし本妻は貞淑に仕えたので離縁の口実もなく、ついに情婦と計って謀殺してしまった。非業の死をとげた本妻は、本宅におさまった情婦に恨みをはらすため夜ごと戸口まで迷ってきたが、尊い神符が貼ってあって入ることができない。亡霊は生前の同情者であった親戚に小判数枚を与えて神符を剝してもらい、まもなく情婦をとり殺した。親戚は亡霊の頼みにより、その小判を青銅に合金して梵鐘を鋳させ、称名寺に寄進したという。
原典より
称名寺という寺に、昔幽霊が寄進したという梵鐘がある。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承