矢の根井戸
どんな伝承か
鎌倉の材木座海岸のはずれ、逗子の飯島との境の道端に、鎌倉十井の一つ六角井があり、ふつう矢の根井戸と呼ばれている。保元の乱に敗れて伊豆大島に流されていた鎮西八郎為朝が、力を持て余して遠矢を放つと、その矢は海上七十キロ余りを越えてこの井戸に落ちた。村人が矢を拾い上げたが、鏃だけは井戸の底に刺さって残った。あるとき鏃を取り出したところ、井戸の水がたちまち涸れてしまい、あわてて元へ戻すと再びこんこんと湧き出したという。かつて毎年六月の井戸替えでは、底の壁の小穴に竹筒に入れた鉄の鏃を納め直していたと土地の人は語る。
原典より
坂・谷・島についての伝説 一一五—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。