秀衡が駒を繋いだ遍照院の秀衡松
どんな伝承か
行田市の下忍、今の持田にある遍照院の門前に、藤原秀衡がここを通ったとき駒を繋いで休んだと伝わる松があり、俗に秀衡松と呼ばれる。『忍名所図会』は江戸町の畠山某の庭にあると記すが、それは誤りで遍照院のものを指す。今の木は享和三年に落雷で枯れたあとに植えたもので、根元には文化七年に中野鍼的が建てた「秀衡松碑銘」の碑がある。『北武八志』は、秀衡が上京の途中この木の根元で休み、感じるところあって堂を建て、松の枝がみな東を向いたと記す。また別説では、遍照院の薬師如来を秀衡の命で家臣栗原五郎秀時が遷したとき、尊像を引いてきた牛が急死したので塚に葬り、その上に植えた松が秀衡松だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成――分類と解説 上』は、韮塚一三郎が埼玉県内の伝説を類型ごとに集めて編んだ伝説集の上巻である。片目の魚、化かす狐や狸、松・杉などの樹木、石や岩、ダイダラ坊と山、清水・渕・池・井戸にまつわる県内各地の伝説を、郷土誌や地誌、『埼玉史談』などの文献と、地元の資料提供者や話者の報告から採って収める。各話に所在地と出典を添え、話型ごとに〈解説〉を置いて全国の類例と信仰の背景を論じ、[参考]文献を挙げる。