警部の腕に静かに落ちてきた薪
どんな伝承か
埼玉県北埼玉郡成田町大字行田の笹屋という旅館で怪事があった。明治二十二年三月二十七日に始まり、最初は泥のかたまりが突然空中から落ちてきた。次に木炭、次に薪と、順々にどこからともなく落ちてくる。誰かのいたずらに違いないと思い、家の四方上下に人をひそめて待ち伏せさせたが、どこから来るのかまったく分からず、落ちてくる有様は人為とは思われなかった。調べに出張してきた警部の森茂が待ちかまえていると、大きな薪が右腕に落ちてきた。命中したのに実に静かにそっと落ちてきて痛みはなかった。下婢が井戸端で水を汲もうとしたときにも薪が落ちた。物が降るのは五十日ほど続いたが、一度も人を傷つけなかったという。
原典より
うまく命中はしたが、じつに静かに、そーっと落ちてきたので、全然苦痛は感じなかった。—— 井上円了 妖怪学講義(井上円了 著・平野威馬雄 編) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
井上円了 妖怪学講義(井上円了 著・平野威馬雄 編)
『井上円了 妖怪学講義』は、明治期に哲学館で講じられた井上円了の『妖怪学講義』から要所を選び、平野威馬雄が現代の文章に改めて編んだ抄録である。狐憑きや化物屋敷、怪火、幽霊、コックリなどを題材に、円了が古書から抜き出した記事、各地から寄せられた報告、円了自身の現地での調べを収める。原著の八部門のうち理学・心理学・宗教学・雑の四部門を章に立て、序で研究の経緯と分類を、結びで編者の見方を述べる。