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若狭局が庵を結んだ比丘尼山

所在地埼玉県東松山市大字大谷(比丘尼山)
年代元久元年(鎌倉時代)
登場若狭局、源頼家、比企能員、森川金右衛門氏俊、喜山伝悦、若狭局、源頼家、頼家の妾・比企能員の女(比丘尼山に隠棲)、鎌倉将軍(修禅寺で横死)、若狭局の父、地頭(宗悟寺を中興)、宗悟寺中興時の僧
出典埼玉県伝説集成——分類と解説 上

どんな伝承か

東松山市大谷の西にある比丘尼山は、比企能員の娘で源頼家の妾となった若狭局が、頼家の横死ののち草庵を結んで住んだ所と伝えられる。『新編武蔵風土記稿』の宗悟寺の条によれば、元久元年七月に頼家が伊豆の修禅寺で殺されると、若狭局はこの地に来て剃髪し、比丘尼山に庵を結んで頼家の追善のため一寺を開き、頼家の法号と村名から大谷山寿昌寺と称した。のち天正二十年に地頭の森川金右衛門氏俊が寺を今の地に移して扇谷山宗悟寺と改めたという。『武蔵国郡村誌』は、若狭局が頼家の遺骨を奉じて来て葬り、庵を修禅寺と呼んだという口碑を載せる。

原典より

比丘尼山について 『新記』は「村の西にあり、比企判官能員が女、頼家将軍の妾となりて、若狭局と称せしが、頼家横死の後、此地に草庵を結びて住せし所と云」と記し、また、「宗悟寺」の条では、「宗悟寺曹洞宗、豊嶋郡赤塚村松月院の末…—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)

『埼玉県伝説集成――分類と解説 上』は、韮塚一三郎が埼玉県内の伝説を類型ごとに集めて編んだ伝説集の上巻である。片目の魚、化かす狐や狸、松・杉などの樹木、石や岩、ダイダラ坊と山、清水・渕・池・井戸にまつわる県内各地の伝説を、郷土誌や地誌、『埼玉史談』などの文献と、地元の資料提供者や話者の報告から採って収める。各話に所在地と出典を添え、話型ごとに〈解説〉を置いて全国の類例と信仰の背景を論じ、[参考]文献を挙げる。

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