小田原の神事舞大夫天十郎大夫
どんな伝承か
新編相模国風土記によれば、小田原町古新宿に住む神事舞大夫の天十郎大夫は、以前は伊豆北条の四日町に住み、小田原北条家の特別の保護を受けた旧家であった。この家は浅草の田村八大夫の由緒書にも見え、江戸幕府初期における関東巫覡の管長であったという。所蔵の古文書には、大永八年の下文に舞々やイタカ、陰陽方から役銭を取るべきものとあり、天文・永禄・天正の各文書には、卜占を業とする移他家や唱門師の類を舞々の下に付けたと見える。戦国時代にはこうした者が間諜に利用されることがあったため、信用ある土着の舞々大夫に支配させる必要があったのだと解される。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
「イタカ」及び「サンカ」(定本柳田國男集 第四巻より)(柳田國男・定本柳田國男集 第四巻・1963年(昭和38年))
『「イタカ」及び「サンカ」(定本柳田國男集 第四巻より)』は、物を乞い歩く半僧半俗のイタカや漂泊の民サンカを論じた柳田國男の論考を、昭和三十八年発行の『定本柳田國男集』第四巻から収めたものである。会津のイタカ町や奥州のイタコとオシラ神、サンカの集会と掟を、近世の地誌や古記録、各地からの聞き書きで説く。イタコの語源やイチコの分布、カムナギの階級、中世の遊女と傀儡の暮らしにも筆を及ぼしている。