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焼き殺された住職の祟りと阿諏訪の大火

所在地埼玉県入間郡毛呂山町大字阿諏訪(疱瘡稲荷)
出典秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行

どんな伝承か

毛呂山の阿諏訪のいちばん上にあった行福寺の瘡守稲荷は、疱瘡や下の病に霊験があるとされ、江戸の吉原の遊女まで参りに来たので、山のあちこちに道しるべが立てられた。明治四十一年の合祀で龍谷山の頂へ移り、今は疱瘡稲荷と呼ばれる。阿諏訪にはもと大行寺という寺もあり、博打や女に溺れた住職を村人が石の上で焼き殺したという伝説が残る。寺は明治五年に壊されたが、その石を普請に使った農家から火が出て、明治十五年に幾軒もの家が焼ける大火となり、坊主の祟りだと噂された。一方、大行寺にあった地蔵が見守る新川橋だけは、落ちても誰一人怪我をしなかったという。

原典より

その後、ある農家でこの石を建築に使ったところ、裏の家から火が出て、この家は燃えてしまった。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))

『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。

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