山に埋もれて神仏分離を逃れた竹寺
どんな伝承か
明治初めの神仏分離は、神社の中の仏教のものも寺の中の神道のものも徹底的に壊した。伊勢では多くの寺が廃され、富山藩や隠岐、美濃の苗木藩では寺や路傍の石仏まで壊させたという。そのなかで奇跡的に逃れたのが奥武蔵の竹寺、正しくは天王山八王寺である。もとは薬寿院という寺と山頂の牛頭天王社を一つにしたもので、戦前の地図には神社の記号で載っていた。著者によれば、疫病が流行らないと牛頭天王社には参る人が減り、竹寺も無住の山寺となって忘れられ、隣の天龍寺が必要なときだけ経を読みに来る有様だった。その山中に埋もれた姿こそが分離令を逃れた理由だったという。
原典より
こんな強引で、めちゃくちゃな神仏分離の台風から奇跡的に逃れたのが、奥武蔵の竹寺、正しくは天王山八王寺なのである。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))
『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。