顔を隠した心光寺の隠れ地蔵
どんな伝承か
小倉北区竪町一丁目の心光寺には「隠れ地蔵さん」と呼ばれる地蔵がある。小倉城主高橋三河守鎮種の子亀房丸は、九歳で合戦に出て顔を斬られ(矢に当たったともいう)戦死した。母の力姫がこれを悼んで心光寺に葬り、地蔵堂を建てたのがこの地蔵である。亀房丸の顔が見る影もなく斬られていたため、その顔を決して人に見せたくないという母の思いから、地蔵の顔を隠して見せないようにしたので「隠れ地蔵」と呼ばれるようになったと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。