七里法華
どんな伝承か
酒井定隆が浜野へ渡る海上で暴風に遭った時、乗り合わせた法華行者の僧日泰が祈禱すると海が静まった。定隆はその法力に感じ、一城の主になれば領民を妙法に帰依させると約束し、後に土気城主となって領内七里四方を日蓮宗に改宗させた。
原典より
文明年中、酒井忠隆が古河公方成氏を訪れての帰り途、江戸品川から舟で下総浜野(千葉市浜野)に渡ろうとした時のこと、一里ほど漕ぎ出した海上でにわかに南からの暴風にあい、舟は激しく波風にもまれ人々は生きた心地もなかった。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。五十余りの短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。