土気城主酒井定隆と七里法華
どんな伝承か
山武郡土気駅の東北二十町に土気城址があり、七里法華の淵源地として訪ねる者が絶えない。文明年間、土気の城主であった酒井定隆は、下総千葉郡浜野村本行寺の開祖日泰を信仰し、自分の領地をことごとく法華宗にしようとした。上に倣う習いで、日蓮宗に帰依した武士たちは他宗の寺院を破壊し、仏像を土に埋め、あるいは海に投じたので、山辺・長柄の二郡方七里はすべて法華の宗旨となった。上総の七里法華と呼ばれるものは、定隆の意志に出たものだと伝わる。酒井氏の墓は東金町の東漸寺にある。
原典より
山武郡土氣驛の東北二十町に當つて、土氣城址は七里法華の淵源地として、游子が此地方を訪ねる一目的とされてゐる。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。