聖護院に上った修験の犬の墓
どんな伝承か
富士見市水子の西小原に九尺四方ばかりの雑木山があり、犬の墓と称している。山中には正保三年に般若院が建てた碑がある。昔、南畑村に十玉院という修験があり、聖護院の直末で年々一回登上する例とし、末の般若院・万蔵院・西蔵院のうち一院を伴とした。ある年、十玉院は般若院を伴としたが、般若院は愛犬を連れて登上し、無事その任を果したという。この犬が死ぬと、犬も修験の一員として登上したとして塚を造営して厚く葬り、般若院も死後そこに葬られた。犬の墓の名はそのためにおこったと伝える。一説には犬が伊勢詣りをしたためとも、難波田弾正のもとへ鎌倉から使いに来た犬が昼食を与えられず死んだのを哀れんだためともいう。
原典より
この犬が死ぬと、この愛犬も修験の一員として聖護院に登上したとして、塚を造営して厚く葬ったという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。