驚滝の行場に果てた元霊媒
どんな伝承か
研究所の元所員だった霊媒の水原きくのは、狐が憑いたと口走るほど心を病み、入院費が続かず湯殿山の行者に預けられたまま行方が知れなくなった。数か月後、奥多摩の沢入にある派出所の巡査から、女が発狂して驚滝の行場にいるので引き取ってほしい、と速達が届く。著者たちが向かうと、そこは日原の鍾乳洞から仙元峠へ抜ける谷あいの、名に似合わぬ荒い滝だった。谷底から荒くれた男たちが何かを背負って登ってくる。平地へ仰向けに転がされたのは、髪を振り乱した老婆のような女の亡骸であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。