流人たちの磯での変死
どんな伝承か
八丈島の流人には自殺こそ少なかったが、変死はそれなりにあった。帳面には、延享元年二月六日に磯で果てた無宿の盗人四郎兵衛、元文元年の大晦日に磯で死んだ無宿乙三郎、同三年十二月に波にさらわれた神田無宿の金蔵、寛保三年に磯へ落ちて死んだ甲州小沢村の山伏覚法院などが並ぶ。働き口のない流人は海辺へ出て流れ寄る物を拾って食っていたから、こうした最期は冬に多い。島の農家の蓄えも薄くなる季節で、はじめから生きる力の乏しい者から倒れたのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。