近藤富蔵の八丈島流謫
どんな伝承か
柳田国男は『島の人生』の自序で、近藤富蔵という名がこの一冊のあちこちに脈絡もなく現れる理由を記している。富蔵は二十三歳で八丈島へ流され、八十四でこの島に還って死ぬまで、六十年あまりの大半を小さな一島の中に棄てた男である。学才に人並みはずれたところはなく、ただ経歴と境遇だけが極端に数奇であった。長命で暇が多く、書くよりほかの楽しみもなかったため、やたらに書き散らした記録が偶然に長く伝わったのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。