料理屋を繁盛させた福猫の塚
どんな伝承か
所沢の西、鎌倉街道を南へ出外れた道端に小さな塚がある。約五百年前、所沢の桶職人喜平次は、飼い猫が手拭をかぶって行灯の陰で踊るのを見て恐れ、恵比寿講の日にイワシと赤飯をふるまって猫に暇を出した。その年の暮れ、数町離れた料理屋和泉屋に愛らしい猫が迷い込み、店先で旅人を招いて店は大いに繁盛し、福猫と評判になって屋号も福泉と改めた。維新の頃、土地の侠客弥五郎が福猫のために塚と堂を建てると、商売繁盛の守り神として江戸からも参詣人が訪れ、街道には露店や料理屋が並んだ。しかし明治十年頃に堂が野火で焼けてからは、参る人も遠のいたという。
原典より
いかにもかわいらしい猫なので、家人や女中たちが、残り物などを与えてそのまま飼っていると、猫は店先に出ては旅人を招く。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。