春日部重行を葬った最勝院の首塚
どんな伝承か
春日部市粕壁の最勝院の裏手に、春日部重行の首塚とされる塚がある。土を饅頭の形に盛ったもので、上には重行の霊廟を示す墓標が立ち、そばの高札に由来が書かれていた。それによれば、南朝方の重行は護良親王の令旨を受けて春日部で兵を挙げ、新田義貞とともに鎌倉の北条氏を滅ぼした。のちに九州から攻め上る足利尊氏を京都で迎え撃ったが敗れ、延元元年六月三十日に鷺の森で自害した。長男の家縄が遺骨を携えて帰郷し、最勝院に塚を築いて葬ったという。大正七年に従四位が贈られた陰には、住職鷲尾諦任の顕彰の働きがあった。
原典より
最勝院のうしろに春日部重行の首塚というのがある。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。