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畑時能の首を抱いた忠臣の児畑塚

所在地埼玉県児玉郡神川町大字下阿久原池尻(児畑塚)
年代南北朝時代
登場畑時能、児玉五郎左衛門光信
出典埼玉県伝説集成——分類と解説 中

どんな伝承か

神川町下阿久原の字池尻、上州から秩父へ抜ける杉の峠の登り口で、池尻橋の上手の一段高い畑の中に児畑塚がある。新田義貞の四天王の筆頭とされた南朝方の畑時能の首と、その忠臣児玉五郎左衛門光信を葬った墓と言い伝えられる。時能が越前で討ち死にすると、光信は主の首を抱えて時能の故郷秩父へ向かったが、途中この地で村人の介抱もむなしく病で倒れた。哀れんだ村人が主従を峠の麓に合わせて葬ったのが塚の始まりという。墓に手を触れると必ず病にかかると恐れられ、長く手つかずのまま守られてきた。昭和十四年十月には村人の手で慰霊祭が営まれた。

原典より

墓はみる影もないが、若し墓に手をふれると、必ず病気にかかるといわれ、里人に恐れられてそのままとなっていた。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)

『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。

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