御名室(矢納)=五月の幡を忌む将平の狼狽
どんな伝承か
埼玉県の将門ゆかりの故蹟を列記した中の一項である。秩父郡矢納村宇那室の御名室は、田原藤太秀郷来襲の報に将門の弟将平が狼狽したが、それが五月の幡であると知れたので、以後この地では幡を忌むようになったと『日野沢村誌』は伝えている。同じ矢納村には、将門の矢を納めたという矢堂があり、いまは寺尾村の二十一番観音堂に移っていると『新編武蔵風土記稿』は記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。