名主の身代わりに首を落とした地蔵
どんな伝承か
深谷市上折之口の屋敷合、深谷から小川へ通じる鎌倉街道と、熊谷から寄居へ通じる街道が交わる辻に、高さ三十七センチほどの小さな地蔵が祀られ、享保七年の銘がある。首切地蔵と呼ばれ、刀傷のような跡が残り、首は落ちて地蔵とも見分けにくいほど傷んでいる。江戸時代、飢饉が長引いて年貢米が納められず、領主が名主を打首にしようとした。案じた村人が夜明けを待って駆けつけると、そこに立っていた地蔵の首が無残に落とされていたと伝わる。一説には伝馬騒動の折の出来事ともいう。
原典より
心配した村人が、夜明けを待ってその場にかけつけてみると、今までそこに建っていた地蔵さんの首が、無残にも落されていたという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。