落城で自害した乳母安の戸の姥神
どんな伝承か
天文五年、幸手城は上杉朝定の軍勢に攻め落とされ、城主直俊は討ち死にした。直俊の妻吉野の前は、子の直春の後を追い、六十三歳になる乳母の安の戸とともに落ち延びたが、途中で流れ矢に当たり、道端のソバ畑で倒れた。安の戸も自害して主人の後を追った。いまの地名の吉野と安戸は、ここから起こったという。その後、癌を病む者が多いのは二人の祟りだと里人が考え、吉野の前を蕎麦畑明神として、安の戸を姥神として祀ったという。
原典より
その後、里人は癌病を患うものの多いのは、両女の祟りであるとし、吉野の前を祀って蕎麦畑明神とし、安の戸を祀って姥神とした。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。