善繩大屋子の儀来河内往生
どんな伝承か
死んで儀来河内(ニライカナイ)へ行ったという沖縄のただ一つの例として、柳田は『遺老説伝』で名高い善縄大屋子の話を挙げる。大屋子は浜で美女に出会い、大きな海亀をもらって帰る途中、その亀に首を咬まれて死んだ。亡骸を墓に葬り三日後に開いてみると棺は空で、空中から、彼は儀来河内に遊んでいると告げる声がしたという。話の目的はその御嶽の霊験を説くことにあるが、葬って三日目に棺を開けてみる習いは、もとは広く行われていたらしいと柳田は見る。同じ本の別の稿では、この御嶽を南風原間切宮平村の善縄御嶽とし、もとは大屋子の屋敷だったと記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。