数珠玉を首から垂らす遊び
どんな伝承か
柳田の郷里の播磨の村では、親たちはたいていズズダマと呼んでいたが、子どもたちは寺参りの年寄りが手首に掛ける数珠と同じものだと思い、はっきりジュズダマと呼んでいた。実を採りに行くのは糸に通して遊ぶためだったが、珍しいことに手首には掛けず、長く二重三重に輪にして、めいめいが頭から帯のあたりまで垂らしていた。当時は法華行者や山伏の長い念珠を首に掛ける者もそう多くはなかった。のちに東北のイタコの数珠やアイヌの首飾りを見るようになって、柳田は、数珠と呼びながら自分たちがまねていたのは、もっと古風なものだったと気づいたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。