二夫婦の住めない柳田の生家
どんな伝承か
柳田国男は古稀を期して生涯を回顧した自伝『故郷七十年』のなかで、二夫婦の住めない狭い生家で起こった、母と長兄の嫁との悲劇的な確執を想起している。そして兄松岡鼎の不幸を思うとき、日本の家が悪いこと、家が小さくなったこと、前後の影響も考慮せずに制度を改めたことなどが間違いのもとだと考えていると述べた。この間違いの起因となった家制度が明治民法下のものか、それ以前の封建的家族制度かは明らかでないが、柳田が家族制度を理想化していなかったことは確かである。
原典より
柳田が古稀を期して生涯を回顧した自伝『故郷七十年』によると、「二夫婦の住めない」生家で起った母と長兄の嫁との悲劇的確執を想起し、次のごとく述懐している。—— 霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点(桜井徳太郎・桜井徳太郎・歴史民俗学・1977年(昭和52年))
『霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点』は、桜井徳太郎が一九七七年(昭和五十二年)に著し、筑摩書房から刊行した論文集である。昭和三十二年から五十年にかけて学会誌や雑誌、新聞に発表した論考を収め、民俗学と歴史研究の関係、郷土の民俗像の史的復元、古代のシャマニズムと憑霊、呪いの人形、怨霊から御霊への死霊観を論じる。後半で折口信夫の巫女観と柳田国男の祖先観を検討し、巻末にあとがきと初稿発表覚書を付す。