鳥屋が並ぶ柿野の鳥網猟
どんな伝承か
三国山の東の峠を越えて着いた美濃の柿野では、名のもとになった柿の園はすでに衰え、かわりに鳥網を張って鳥を捕る仕事ばかりがいよいよ盛んになっていた。山の北の斜面には、見渡すかぎり竹で囲った鳥屋が高いところまで立ち並び、昼のあいだは人の行き来がしきりだった。著者は、かつての『秋山のスケッチ』に見るような二つの県のかかわりが、この谷でも営まれていると記している。
原典より
柿野には柿の園すでに衰へ、鳥網張るわざばかり愈盛んである。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。