戸主のほかは子を持てぬ御母衣の大家族
どんな伝承か
飛騨の三方崩山の東麓には、一戸に三十人、四十人が暮らす大家族の村々が並び、その直下に御母衣がある。柳田は御母衣の旧家遠山家で休んだ。当主は郵便局長で、家内の男女は四十二人。土地の乏しい山中では分家を抑えて人口の増加を防ぐことがあるが、この村々の慣習はとくに厳しく、戸主以外の男は子を持つことを許されない。生まれた子はみな母に属し、母の家で育ち母の家で働くので、こうした複雑な大家族ができあがったのだと柳田は説く。
原典より
唯此村々の慣習法はあまりに嚴肅にて、戶主の外の男子はすべて子を持つことを許されず。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。