熊谷貞直と秋葉奥山の熊谷屋敷
どんな伝承か
坂部熊谷家の伝記によると、初祖の熊谷貞直は京都で足利家に十三年仕えたのち、都を出る前に遠州随一の南朝方である井伊谷道政と知り合い、その頼みで一人の皇子をお預かりしてお供をしたが、御名は聞かずじまいだったという。さらに秋葉の奥山に隠れ住む新田一族の桃井刑部の保護を受けて二年とどまり、そこには今も内裏や熊谷屋敷という地名が残ると伝える。柳田は、遠州の宮方としての誇りがかすかながら語り継がれていたのだと見ている。
原典より
しかも秋葉の奥山に隠れ住む新田の一族、桃井刑部の保護の下に二年留まり、今も内裏といひ熊谷屋敷といふ地名がそこには殘つて居ると謂ふのだから、…—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。