三崎山の椿と慈覚大師の旧跡
どんな伝承か
北緯四十度以北では樫の木も真竹も育たず、薩摩芋も裸麦も作れないが、不思議に椿だけは処々の海岸に森をなして繁茂している。日本海に面した方で古くから有名なのは由利郡の三崎坂で、山形と秋田のちょうど県境にあたり、北緯三十九度四分の一に位置する。女鹿の坂といって、旧道は路の両側がみな椿であった。そこから海に向かって突き出した山が三崎山で、慈覚大師の旧跡と称し、あの地方の信仰の一つの中心であった。その次は南秋田郡で、男鹿半島の南磯に椿の浦があり、花の頃は朝日夕日に映じて海の波も紅に染まったというが、見たときには二本か三本になっていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。