一之関の男女双体道祖神
どんな伝承か
深見は相模高座郡大和村の一大字で、和名抄にも見える古い郷であり、境川に沿って一里近く続く。柳田は昔の深見の中心と鎌倉道の位置を知ろうとして、小田急線の鶴間で降り、北端の一之関という部落に入った。川べりに四五町歩の稲田があり、小さな支流が民家との境を流れ、その岸を南北に路が通じて石橋が架かる。その角の屋敷の端に、男女双体を刻んだ道祖神が二つ並んで立っている。一つは寛延二年のもので真ん中に割れ目があり、今一つは昭和十五年三月の新しいもので、男神の袴を青に、女神の裳を黄色に塗ってある。その後ろには古風な五輪が四つ残っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。