宝永の富士山焼けの砂塚
どんな伝承か
一之関のあたりは宝永の富士山焼けの際に砂がたくさん降ったところで、今でもそれを取り除けた砂の塚が処々にあるという。またその時の帳面が村にあるといい、つまりそれより古い文書はもう無い。しかし境川の流れが変わっていないということは、少なくとも事実のようだと柳田は記す。降砂の記憶とその時の帳面だけが村に残り、それ以前の村の来歴を語る資料は失われている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第3巻』を全158話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。