八十数日の旱魃と降り積む砂
どんな伝承か
天明二年四月なかば、代官江川氏の手代吉川義右衛門が八丈の島役人菊池左門を連れ、青ヶ島名主七太夫の案内で島へ渡り、山焼け跡を調べて荒地起こしの指図を残し、五月二十三日に引き揚げた。その船が出た翌日に降った雨を最後に、八月十六日まで八十数日、島には一滴の雨も降らなかった。粟や稗はまず枯れ、残った里芋や甘藷、あした草の上にまた山が焼けて砂が降り積み、どこに植えたかも分からなくなった。掘り出してみると甘藷とあした草は腐り、里芋だけが十のうち三つ四つ食べられた。山帰来の根を掘り、前年の鰹節と塩辛、わずかな麦に海藻を加えて命をつないだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。