女護ヶ島
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どんな伝承か
道士の徐福が秦の始皇帝の命により、蓬莱の不老不死の霊薬を求めて童男童女五百人ずつを八十五隻の大船に乗せて船出した。ところが船は難破し、徐福は紀州熊野へ、童女の船は八丈島に、男船は青ヶ島に漂着した。男女が一緒に住むと海神の祟りが生ずるというので島を分かれて住み、年に一度南風が吹くと女護ヶ島の女たちは印をつけたワラゾウリを浜に並べ、寄り来る男ヶ島の男を一夜夫と定めた。後に保元の乱に敗れて流された為朝がこの習慣を改めさせ、その功を記念して島名に「八郎」を冠し、葦ヶ島を青ヶ島に変えさせたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。
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青ヶ島村の伝承
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